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きざはしの彼方

セカイ系催眠術師であるオタク男子のブログ。催眠術についてエモく語っていきます。

2016/05/08

 ・お見舞いに行ってきた。

一生治らない病気を抱えた人と喋る経験は、自分を居心地悪くさせる。その人が抱えたものを自分が受け取れるかどうかわからないからだ。死を覚悟し、その上で「幸せだった」と言い切れる人間に僕がどんな言葉を掛けられるだろうか。未だにわからない。

 

 ・長い間付き合いのある知人から「お前が色々やり始めたのを観て、居ても立っても居られない気分になった」と伝えられた。

そんな言葉を言われたのは初めてだった。基本的に何かをはじめる時にあまり他人を気にしたことがない。ある程度考えるけども、とりあえずやりたいようにやり始める感じ。二人で色々話したけども、とにかく「何者かになるためにはどうすればいいか」というところに落ち着く気がする。これは僕も今「なろうとしてる」途中なのでわからない。死ぬまでに答えが出ると良いなとは思っている。あるいは、死ぬ時に答えがわかるのかも。

 

 ・有る年下の人と喋って、その人の「死にたい」という気持ちについてカウンセリングした。

最近は意識しないととりあえずカウンセリングのようになってしまう。元々かなり僕は良い意味でも悪い意味でもおせっかいな人間なのである。その人と同じぐらいの年齢だったころ、自分もいつも孤独で死にたがっていた記憶がある。そして、その事を誰も理解してくれないと思っていた。自分より頭がいい大人が、僕の小さな悩みをわかってくれないのが嫌だった。正直に言うと今だってそんな気持ちが全部無くなったとは言わない。そんな、色々な思いを置いて、その人の死にたさをちゃんと受け止めきれたのがよかった。自分が、あの時嫌いだった「わかってくれない大人」になっていなかったのが、とても嬉しかった。そんな、小さな喜びのためにこういう事を続けている気がする。

 

ちょっとまばらになったけど、最近はこんな感じ。

カウンセリングの感想:自分の人生の質を上げるために

クライアントさんから感想を頂いたので、紹介します。

(4/26追記)Twitter上で「仕事を辞めろって言うのは……」みたいな反応がちらほらあったのが目に入ったみたいで、クライアントさん側からもう少し文章を足して誤解されないようにしたい、との事だったので頂いた文章を追加しました。 

 

お話しした時の気持ちとしては「仕事しんどい逃げたいと思うけど何事からも逃げる人間になりたくない」という感じで、逃げないために自分がやれるという自信をつけるためにどうするかって結論になったような気がするんですね

なんだろう、根拠がないと自信がつかないなら根拠を作ろうみたいな。

んで、実際大学調べたりこれからどうするかって計画を立てるとすごく楽しいしやれるぞって気になったんですよ。

でも仕事に戻ると手は止まるし涙は出るし頭も肩も痛いし…
これは自信云々ではなく仕事がきついと思ってもうだめだと思ってしまってるんだなと思い、一旦脳をリセットする意味でも仕事辞めてまっさらにしてみようと思ったわけです。

辞めると決めたら晴れ晴れしたし、やりたいことどんどん見つけようという気になったので決められてよかったなと思ってます。
らすねさんと話した内容は、自分の人生の質を上げるために何をすればいいのかを探せたので良かったです。
自信がないのも面接が苦手なのも変わらないだろうから、それを克服するための目標?を据えられたので辞める決断もできたのかなぁ………

 

(4/26追記)

カウンセリングの結果仕事を辞めることになったみたいな読み方をしている方が結構いるようなので補足しておくと、らすねさんとのカウンセリングの中では仕事を辞めるという話は一切出てないです。

仕事がきつくなるにつれて虚無感が強くなったり、楽しいって何だろう…という気持ちが強くなったので相談にいきました。
話をしていって自分がよくあるためにどうしたいのかというのが段々わかってきて、一つの方向性を見つけました(私の場合過去に乗り越えられなかった壁、大学受験を越えたいということ)。

〜ここまでがカウンセリングで話した内容で、以下がそれを受けて私が考えて決めたことです。〜

それが見つかってから仕事をやる自分を見てみると、ああしんどいんだなと割と素直に思えたし、自分がよくあるための道から逸れてるなとも思ったので仕事を辞めました。
ちなみに私の仕事は形態が特殊なので、企業に勤めていたのを辞めたとかよりもはるかに意味が軽いです。


生きてく上で自分は何を大事にしたいのかというのを見つめなおした。
そんなカウンセリングでした。

 

 

現実をあるがままに生きるということ 「ちひろさん」

 前回のマンガ紹介記事の反響が良かったので続けてみる。

今回紹介するのはこの「ちひろさん」という漫画。

 

ちひろさん 1 (A.L.C.DX)

ちひろさん 1 (A.L.C.DX)

 

元風俗嬢、ちひろ。海辺の小さなお弁当屋で働く彼女の元にはいろいろな悩みを抱えた客がやってくる。恋愛、仕事、家族、自分自身…ちひろが導く答えは? 多くの人を救った傑作、新作で復活!! 

(amazonのあらすじより)

  あらすじに書いてある通り、元風俗嬢の「ちひろさん」が小さな町で暮らす話。

彼女は、自分が風俗嬢であった過去を隠さないので、当然色んな人に奇異や羨望、あるいは下心の篭った目で見られる。けれども、それを怒るでも、茶化すでもなく、ただそのまま受け止めて生きていく。そして、そこで色んな人と出会い、交流し、生きていく漫画。大きな事件があるわけでもない、ただちひろさんの孤独な生き様を描いているだけだ。けれども、その強さの描写を通じて読んでいる我々に問いかけてくるもがある。

 「多くの人を救った傑作」と書いてあるが、この漫画の「ちひろさん」の出す問いは基本的に冷たい。「貴方は本当はどう生きたい?」という明確で残酷な問いかけを周囲の人へ振りかける。当然、これに従って生きてしまえば、人と衝突することとなることもある(漫画の中に出てくるオカジがそうだ)。あるいは、その問いかけとちゃんと向き合えないまま生きていく人も描かれる。

 個人的には、途中から出てくるニューハーフのお姉さんが大好き。恋に生きる彼女と、ひたすらドライに孤独を生きるちひろさんの対比が、悲しくも面白い。

 読む時期によって毒にも薬にもなる漫画。

ほのぼの日常吸血鬼レズ漫画『制服のヴァンピレスロード』

 今日は催眠にもカウンセリングにも関係ないただの僕の趣味の漫画の記事!。Twitterで偶然流れてきた。こちらの漫画です。

 

 「今日から私、吸血鬼になりました。普通の女子高生・入江夕凪はある晩、見知らぬ男に突然血を吸われてしまう…。吸血鬼となって目覚めた夕凪は血を吸った男・リンの眷属となり吸血鬼界のルール、吸血鬼のアレコレを学ぶことに…。“吸血鬼なりたて"コメディー開幕!!」(amazonの商品紹介より)

 

 いきなり、この「制服のヴァンピレスロード」の問題点を挙げるなら、このあらすじ。あらすじだけ見るとよくある男×女の吸血鬼ものに見えるんですよ!そして、このリンがかなりウザめのキャラになってて、これで引き返す人がめちゃくちゃ多い。これは本当に勿体無い。こちらのガンガンJOKERの公式サイトで2話まで読めますので、ここまで読んで頂ければ「ほのぼの日常吸血鬼レズ漫画」とわかります。

制服のヴァンピレスロード - 連載作品 - ガンガンJOKER -SQUARE ENIX

  内容としては……とにかく吸血シーンのエロさですかね。作中で「吸血行為はお互いに強い快楽が伴う」とされてるのでもうこれは実質的にアレなわけです。あとは、主人公が女の子から血を吸いたくなった理由が、吸血鬼要素関係なしに「性的嗜好だから」とされて(それを、主人公は言われるまで気づかない)いるのが面白い部分ですかね。1巻の終わり際で、幼馴染だけじゃ済まないだろうというのが仄めかしてあるので、今後の展開が楽しみです。

 

 

 

今日からでも出来る!コミュ障の治し方

 カウンセリング・催眠その他の「コミュニケーション」を嗜むクラスタに身を置いてるとよく「自分はコミュ障なんでどうすればいいですか」という人にぶちあたる。そういう人は大体の場合、自分は曖昧な「コミュ障」という状態異常に掛かっていて、それをどうしたら治療できるかという事を聞いてくる。違う人に同じ事を何回も説明するのが個人的には嫌いなので、とりあえず文章にしたためておいてから、「これを読んでみるといいぞ」と言えるようにここに残しておこうと思う。

 まずは「自分はコミュ障なので」という事を相手に伝えることの意味というのをコミュ障の皆様には考えておいてもらいたい。僕も自分の事をコミュ障と認識していて、そう自称していた時期がある。だから、これは僕の経験談になるのだけれども、「自分はコミュ障なんで……」とあまり親睦のない相手に伝えるのは明確に「コミュ障なんだからちょっとぐらい優しくしろよ」という意図が含まれていた。「コミュ障だから失敗しても見逃せ」「コミュ障だからそっちから話題を振ってくれ」というのを暗に示してしまっていた。それを気付かずにコミュ障を自称する人は多い。他人からコントロールされようとしている、というのに他人は敏感である。スパムメールやサクラの不愉快さと同じだ。「自分は何もしてません、あなたが勝手にコントロールされてるんです」という意図の言葉に直面すると、往々にして不快の反応が返ってくる。

 そもそも、コミュ障というのはどういう状態なのだろう、と言う事を次は自問自答してみよう。曖昧なレッテル貼りは、問題点を隠してしまう。そうして、「なんかよくわからんけど僕はコミュ障だし、他人も離れていく」と曖昧な自己嫌悪に陥って、「じゃあコミュ障を改善するために自信を持とう」という曖昧な覚悟をして、「また上手く行かなかった、やっぱり僕は駄目だな」という曖昧な失敗を記憶する。そんな、霧深い沼に嵌ってしまうような感じ。

 というわけで、そこから抜け出すには自分の喋り方・立ち振舞い方の何が問題点なのかをまずは探さねばなるまい。そのための簡単な手段がある。自分が「これについてならしゃべり続けられる」というテーマを1つ決めて、それについて10分ほど語り、それを録音するのだ。自分の喋る声と聴くというのは本当に苦痛である。「うっわきっしょwwwwwwwwww死ぬwwwwwwww」みたいになって、冗談抜きに胃が痛くなる。けれども、そこをなんとかじっくり聞いてると「ここは良い事言ってるな自分」となる部分が見つかるし「いや、これは治そうよ」ってなる部分も見つかる。見つかったなら、前者は大事にして、後者は改善していけばいい。そうしてる内に、「あれ、自分はコミュ障じゃなくてただ単に初対面の人と喋る時の話題が無かったんだな」とか、そんな具体的な部分がわかってくる。そこがわかれば、後はなりたい方向に向けて情報を集めるなり、改善策を探すなりすればいい。