きざはしの彼方

セカイ系催眠術師であるオタク男子のブログ。催眠術についてエモく語っていきます。

自信について

 催眠に関わる人、めっちゃ自分好きな人かめっちゃ自分嫌いな人のどっちかが過半数な気がする。漫画の「エンバーミング」に倣って言えば、催眠に関わる奴は悪人か狂人ということなのだろう。

 ちなみに僕はどちらかと言えば自信が無い方であり、色んな人から「自信あるように振る舞わないと催眠掛かってもらえないよ」という言葉を頂いている。だけども、まあなかなか簡単に自信はつかないよね。前回の記事にも書いたとおり、ちょっとだけ自信は貰ったんだけども。

 

自傷行為とナンパについて/『自傷行為の理解と援助』松本俊彦著 | ラポールと身体知 http://takaishi-hirosuke.com/?p=1257

 これを読んで、ナンパも催眠もそっくりだなと思ったのが今回の記事を書こうと思ったきっかけである。

病的なまでに他人を求める人間は時に魅力的に映る。大胆であったり、繊細であったり、他人を惹きつける術を生まれながらに知っているかのようだ。精神的に不安定であればあるほど、他人を必要とする。それはちょっとセックス出来ればいいと思っているような人が他人を求めているというようなレベルの話ではない。他人に認めてもらえなければ、自分自身を保つことが出来ない人たちがいる。だから、彼らは必死で他人を惹きつけようとする。そういう人たちは抜かりない。反対に、ナンパなど、そのための行動において、やって当たり前のようなことが出来ていない人はそこまで他人を必要としていないのだと思う。女の子とセックスするために声をかけるのに、服装が小汚かったり、清潔感がなかったり、ちょっと考えれば分かるようなことが出来ていない人は、そこまで他人を求めていないのかも知れない。切迫感がないのだろう。

  ちょっと長い引用だけども、大体なんとなくこんな感じの事を思っている。

 催眠という行為。相手を誘導する意義。「できてすごい」って言われることの多い催眠だけども、実際のところちゃんとした手順を踏めば誰でもできる。誰にでもできるからこそ、病的に極めて徹底的に利用する人が出てくるのかもしれない。

 暗示に掛かる時、その人の語る世界に完全に身を委ねる事になる。その時に、誘導する側の人間と同じ穴が自分の心に開くのを感じる。催眠は、結局のとこそういう部分があると思っている。どこまで想像力やスクリプトで凄い経験をさせても、自分の心の外側に出ることはできない。そこに目をつぶって暗示を掛け続けると、どんどん同じ傷を他の人に植え付けていく。

 だから、と言ってはなんだけども、とりあえず最近は自分の事をちゃんと考えるようにしている。何を催眠に求めているか、とか、どんな催眠を掛ける人なら美しいな、とか。考える事にハマってしまった人間が言うと言い訳くさいのだけども、こうしてしっかり自分の無意識の領域を広げて、傷を自覚していくのが催眠なり誘導なりに深みを与えてくれる、気がする。そうした深さのある言葉や声が使えれば、きっと凄い催眠術師になれるんだろうな、とも。